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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2922号 判決 1976年8月04日

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人らの主張)

一  本件事故は、被控訴人の前方不注意、進路妨害、速度違反によつて発生したもので、控訴人安間徳子には過失がない。

すなわち控訴人徳子は、自車を運転して沼津方面から東京方面に向けて進行していたが、同方向の車両渋帯のためノロノロ運転をつづけながら本件事故現場に差しかかり、道路反対側の高橋石油店で給油するため、対向車線を横断しようとして右折合図を出しながら右に曲がりはじめたところ、右石油店前歩道上に歩行者がいたため一時停止した後発進した際、被控訴人運転車両が制限速度四〇キロメートルを超える速度で進行してきて、控訴人徳子運転車両の後部に衝突したものである。

ところで控訴人徳子が右折進入しようとした本件事故現場は、交差点ではないが車両の出入が多いガソリン給油所への進入地点であり、控訴人徳子が右折態勢にあることは一目瞭然であつたのであるから、被控訴人が制限速度を守り前方を注意して運転していれば衝突地点前で停止してその進路を譲ることができたものである。しかるに、被控訴人は、右高橋石油店手前の二見酸素商会に酸素等を運搬し荷卸しのため道路左端に停止していたトラツクを、道路中央線を跨ぐようにして、追い越しながら、これに気をとられ、その前方約一〇メートルの地点を右折しはじめていた控訴人徳子運転の自動車に全く気づかないまゝ前記の速度で進行し、同車に自車を衝突させたものであるから、本件事故は控訴人徳子には過失がなく、被控訴人の過失によつて発生したものというべきである。

二  損益相殺について

被控訴人は、本件事故の休業補償として、労災保険から金五四二、五一〇円の給付を受けている。そして右労災保険金は給料の六〇パーセントが支給され、そのほか二〇パーセントが被控訴人の勤務先から支払われており、被控訴人の実費損害は二〇パーセントにしか過ぎない。

(被控訴人の主張)

一 控訴人らの、本件事故が被控訴人の前方不注意、進路妨害、速度違反によつて生じたとの、右一の主張事実は否認する。控訴人徳子は、渋帯する車両の中から斜めに右折横断しようとして対向車との安全を確認しないままに横断を開始し、直近に迫つていた被控訴人運転車両に気づかず、これに衝突させたものであり、控訴人徳子が被控訴人運転車両の通過を待つて横断を開始すれば、本件事故は発生しなかつたもので、明らかに控訴人徳子の一方的過失に起因したものである。

二 控訴人ら主張の損益相殺についての右二の主張事実は否認する。被控訴人は控訴人ら主張の金員は一切受領していない。〔証拠関係略〕

理由

一  被控訴人主張の請求原因1の事実ならびに控訴人徳子の運転していた車両が、控訴会社の所有である事実は当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない乙第一号証の一、同号証の四、五、同号証の七ないし九、同号証の一一、当番証人高橋徹也の証言、原審ならびに当審における被控訴人、控訴人安間徳子各本人尋問の結果を総合すると

1  本件事故現場は、東京方面から沼津方面に通ずる国道二四六号線の道路上であつて、市街地ではあるが道路は平たん直線で見通しも良く、東京方面から沼津方面に向かつて左側部分に歩道が設置され、車道は幅員九・三メートルで中央線で区分され、制限速度は毎時四〇キロと指定されていること

2  控訴人徳子は、普通乗用自動車を運転し、沼津方面から東京方面に向けて進行し、本件事故現場付近に至つたが、同方向の車両が多く道路は渋滞し、時速二〇キロ位の速度で走つているうち、本件事故現場の道路反対側にある高橋石油店でガソリンを補給しようと考え、対向車線を横断するため右折合図を出して道路中央線附近まで右によつて一時停止したこと

3  控訴人徳子は、道路中央線付近で一時停止した際、対向車線を進行する対向車両の交通を確認したところ、対向車線を時速四〇キロ位の速度で進行してくる被控訴人運転車両を発見したものの、同車の到達前に横断し得るものと考え、自車を発進させようとしたが、対向歩道上に歩行者があるのに気づき、瞬時発進をためらつた後、右斜めに横断を開始しようとしたが、このときには既に被控訴人運転の車両が前記速度のまま約四八メートルの地点まで接近しているのを認め、しかも自車はノークラツチ装置であつて急速な発進をなし得ないにも拘らず、なお被控訴人運転車両の到達前に横断し得るものと軽信し右斜め前方向対向車線内に自車を発進させて横断しようとした為、直進してきた右車両に自車後部を衝突させるに至つたこと

4  被控訴人は、貨物自動車(ライトバン)を運転し、東京方面から沼津方面に向けて時速約四〇キロで進行して本件事故現場付近に至つた際、対向車線内の渋滞する車両の列の間から控訴人徳子運転の車両が、自車の進路直前を横断しようとしているのを発見し、とつさにブレーキを踏んで停止しようとしたが間に合わず、同車と衝突したものであること

以上の各事実を認めることができる。当審証人高橋徹也の証言、原審ならびに当審における被控訴人、控訴人安間徳子各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してこれを措信せず、当審証人田中至の証言中には、被控訴人が高橋石油店手前の二見酸素商会前道路の左端に停止していたトラツクを道路中央線を跨いで追い越し、そのまま控訴人徳子運転の乗用車に衝突した旨訴人主張の事実に副う趣旨の供述があり、同証言により真正に成立したものと認める乙第五号証の一、二(いずれも納品書)には、当日控訴人主張の二見酸素商会に酸素瓦斯等が配送納入された旨の記載が存するけれども、右乙第五号証の一、二は配送の自動車が到達した時刻までをも明確にするものでないことは明らかであつて、右田中至の証言も、事故発生の状況を目撃したものではなく、前顕乙第一号証の七(交通事故現場見取図)から窺われる事故発生現場の状況と符合しない部分があつてそれ自体必ずしも首肯し難いばかりでなく、原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨に照しにわかに措信し難いとこうといわざるを得ず、また、前顕乙第一号証の四(送致書)には、被控訴人も制限速度を超えて走行していた旨の記載があるけれども、右は本件交通事故の捜査に当つた警察官の意見を記載したものに過ぎず、右記載は原審における控訴人安間徳子本人尋問の結果からみてもこれを採用し得ないものであり、いずれもとつてもつて上記認定を覆えして控訴人主張の事実を肯認する資料となし難く、他に上記認定を覆えすに足りる資料はない。

右認定事実によれば、本件事故は、控訴人徳子が対向車線を横断するに際し、対向直進車との安全を十分に確認しないままに横断を開始した過失によつて発生したものと認めるべきであるから、控訴人徳子は民法第七〇九条により、控訴会社は自賠法第三条により、それぞれ本件事故によつて被控訴人の蒙つた損害を賠償する責任がある。

三  控訴人らは、本件事故は被控訴人の前方不注意、進路妨害、速度違反の過失によつて発生した旨主張するが、前認定のところから明らかなように、被控訴人に過失があつたものとは認められないので、控訴人らの主張は採用しない。

四  そこで本件事故により被控訴人の蒙つた損害について判断する。

被控訴人が本件事故により、右膝蓋骨粉砕骨折、胸部打撲の傷害を受けた事実は当事者間に争いがない。

1  成立に争いのない甲第四・第五号証、原審における被控訴本人尋問の結果と、これによつて真正に成立したものと認める甲第三号証ならびに弁論の全趣旨によると、被控訴人は、本件事故当時訴外中村薬品株式会社に勤務し、営業部特販課次長として薬品販売等の業務に従事して昭和四五年三月一日から同年五月二五日までの八六日間に合計金二五七、四六〇円の収入を得ていたところ、本件事故による傷害のため、同月二六日から昭和四六年四月一〇日までの三二〇日間休業し、その間合計金九五八、〇八〇円(前記八六日間に得た金二五七、四六〇円から算出した日額二、九九四円に三二〇(日)を乗じた金額)の得べかりし給料を失い、同額の損害を蒙つた事実を認めることができる。もつとも、この点に関し、成立に争いのない乙第四号証の一には、三鷹労働基準監督署長が被控訴人に対する労災保険法による休業補償として金五四二、一五〇円を給付した旨の記載があるけれども、これを被控訴人が受領したことを認めさせるに足りる資料はないから、右記載事実も上記認定を左右するに足らず、他に上記認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  成立に争いのない甲第二号証、岡島作成名義部分を除いて成立に争いがなく、同除外部分については原審における被控訴本人尋問の結果から真正に成立したものと認める甲第一号証、原審ならびに当審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人は、本件事故によつて受けた前記傷害のため、右膝関節に伸展一八〇度、屈曲九五度の著明な拘縮が残つて医師の治療によつてもこれ以上の回復の見込みがなく、歩行時に跛行をなす後遺症があり、右後遺障害は自賠法施行令第二条別表第一二級第七号に該当するものであることが認められ、これに反する証拠はない。

したがつて、被控訴人は、右後遺障害により、症状の固定した時から六〇歳に達するまでの二三年間にわたり、労働能力の一四パーセントを喪失するものと認められるところ、被控訴人が本件事故当時一日金二、九九四円の収入を得ていたことは前認定のとおりであるから、これを基礎としてライプニツツ式計算法により年五分の中間利急を控除して労働能力低下による被控訴人の逸失利益の現価を算出すると、金二、〇六三、六四六円と算出され、同額の損害を蒙つたこととなる。

3  前認定のところから明らかな本件事故の態様、被控訴人の傷害の部位、程度および後遺障害の程度その他一切の事情を斟酌すると、被控訴人が本件事故によつて蒙つた精神的損害の慰藉料は金九〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

4  そうすると、被控訴人は、右合計金三、九二一、七二六円の損害を蒙つたものというべきところ、被控訴人が自賠責保険金五二〇、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないから、これを控除するとその残額は金三、四〇一、七二六円と算出される。

5  したがつて、被控訴人は損害賠償として控訴人らに対して金三、四〇一、七二六円を請求し得るものというべきところ、原審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人は控訴人らが右金員を任意に支払わないため、弁護士たる被控訴代理人らに訴訟による取立を委任し、その報酬として認容額又は示談額の二割相当額を支払うことを約した事実を認めることができるが、本件訴訟の経過その他諸般の事情を考慮すれば、そのうち金三〇〇、〇〇〇円をもつて控訴人らに負担させるべき損害賠償額と認めるのが相当である。

6  よつて、被控訴人は前示損害額に右弁護士報酬を加算した合計金三、七〇一、七二六円の損害賠償請求権を取得したものというべきであり、控訴人らの損益相殺の主張は、前認定のところから明らかなように理由がないから採用しない。

五  してみれば、控訴人らに各自連帯して被控訴人に対し金三、七〇一、七二六円および同金員から弁護士報酬を除いた金三、四〇一、七二六円に対する昭和四五年五月二五日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を命じた原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)

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